アモンティリャード

レベル1(初級)


アモンティリャード

昔むかし、イタリアにモントレゾールという男おとこが住すんでいました。
彼かれは静しずかでまじめでした。
彼かれは物事ものごとを忘わすれませんでした。
彼かれは簡単かんたんには人ひとを許ゆるしませんでした。

町まちにはもう一人ひとりの男おとこがいました。
彼かれの名前なまえはフォルトゥナートでした。
多おおくの人ひとが彼かれを好すきでした。
彼かれは笑わらうことが好すきでした。
彼かれはパーティーが好すきでした。
彼かれはワインを飲のむことが好すきでした。
彼かれは自分じぶんはワインをよく知しっていると思おもっていました。

モントレゾールはフォルトゥナートが好すきではありませんでした。

フォルトゥナートは何度なんども彼かれに悪わるいことを言いいました。
彼かれは人々ひとびとの前まえで彼かれを笑わらいました。
モントレゾールは心こころの中なかで怒おこりました。
しかし彼かれは怒いかりを見みせませんでした。
フォルトゥナートを見みると、彼かれはほほえみました。
そしてやさしく話はなしました。

しかし心こころの中なかでは復讐ふくしゅうしたいと思おもっていました。

ある夜よる、町まちで大おおきな祭まつりがありました。
人々ひとびとは仮面かめんをつけ、明あかるい服ふくを着きていました。
人々ひとびとは通とおりで踊おどりました。
歌うたい、飲のみました。
音楽おんがくはどこにでもありました。

モントレゾールは祭まつりの中なかでフォルトゥナートを見みました。

フォルトゥナートはおかしな衣装いしょうを着きていました。
彼かれは道化師どうけしのようでした。
彼かれは色いろの多おおい服ふくを着きて、小ちいさな鈴すずのついた帽子ぼうしをかぶっていました。
動うごくと鈴すずが小ちいさな音おとを出だしました。
彼かれはもう酔よっていました。

「友ともよ!」フォルトゥナートはうれしそうに言いいました。
「なんていい夜よるだ!」

「友ともよ」とモントレゾールはほほえんで言いいました。
「会あえてうれしい。君きみの助たすけが必要ひつようだ。」

「私わたしの助たすけ?」フォルトゥナートは聞ききました。

「そうだ」とモントレゾールは言いいました。
「今日きょう、私わたしはワインの樽たるを買かいました。
売うった人ひとはアモンティリャードだと言いいました。
しかし私わたしはよく分わかりません。」

「アモンティリャード?」フォルトゥナートは言いいました。
「祭まつりの間あいだに?それはおかしい。」

「たぶん私わたしは間違まちがえました」とモントレゾールは言いいました。
「ルケーシに味あじを見みてもらいます。」

「ルケーシ?」フォルトゥナートは笑わらいました。
「ルケーシはワインが分わからない。
私わたしが味あじを見みます。」

モントレゾールは心配しんぱいそうに見みました。
「君きみはせきがあります。
私わたしの地下室ちかしつの空気くうきは冷つめたいです。」

「大丈夫だいじょうぶです」とフォルトゥナートは言いいました。
「ワインを味見あじみしたいです。」

「分わかりました」とモントレゾールは言いいました。

二人ふたりはモントレゾールの家いえへ歩あるきました。
通とおりはにぎやかで明あかるかったです。
しかしすぐに暗くらい家いえの中なかに入はいりました。

「召使めしつかいはいません」とモントレゾールは言いいました。
「祭まつりを楽たのしんでいます。」

彼かれは壁かべからたいまつを二ふたつ取とりました。
一ひとつをフォルトゥナートに渡わたしました。

「こちらへ来きてください」と言いいました。

二人ふたりは長ながい石いしの階段かいだんを下おりました。
空気くうきは冷つめたくなりました。
壁かべはぬれていました。
とても静しずかでした。

フォルトゥナートはせきをしました。

「戻もどりましょう」とモントレゾールは言いいました。
「あなたの健康けんこうは大切たいせつです。」

「いいえ」とフォルトゥナートは言いいました。
「アモンティリャードです。」

二人ふたりは家いえの下したへさらに進すすみました。
たくさんのワインの瓶びんと樽たるがありました。
壁かべの近ちかくには古ふるい骨ほねの山やまもありました。
それは昔むかしのモントレゾールの家族かぞくの骨ほねでした。

フォルトゥナートは見回みまわしました。

「ここは古ふるい場所ばしょですね」と言いいました。

「そうです」とモントレゾールは答こたえました。

フォルトゥナートはまたせきをしました。

モントレゾールはワインの瓶びんを渡わたしました。

「これを飲のんでください」と言いいました。
「よくなります。」

フォルトゥナートは飲のんで笑わらいました。
帽子ぼうしの鈴すずがまた鳴なりました。

二人ふたりはさらに進すすみました。
トンネルは小ちいさくなりました。
天井てんじょうは低ひくくなりました。
空気くうきは重おもくなりました。

ついに壁かべの中なかの小ちいさな暗くらい場所ばしょに来きました。

「アモンティリャードは中なかです」とモントレゾールは言いいました。

フォルトゥナートはその中なかに入はいりました。
そこは狭せまい場所ばしょでした。
奥おくには石いしの壁かべがありました。

彼かれは話はなすために振ふり向むきました。

しかしその前まえにモントレゾールはすぐ動うごきました。

彼かれはフォルトゥナートの体からだに鎖くさりをつけました。
鎖くさりはすでに壁かべにありました。
彼かれはそれを鍵かぎで閉しめました。

フォルトゥナートはとても驚おどろきました。

「何なにをしているのですか?」と聞ききました。

モントレゾールは答こたえませんでした。

彼かれは地面じめんから石いしとセメントを取とりました。

そして壁かべを作つくり始はじめました。

石いしを一ひとつずつ。

最初さいしょ、フォルトゥナートは笑わらいました。

「これは冗談じょうだんだ!」と言いいました。
「祭まつりのいい冗談じょうだんだ!」

モントレゾールは作業さぎょうを続つづけました。

壁かべは高たかくなりました。

フォルトゥナートは鎖くさりを引ひきました。
しかし壊こわれませんでした。

「モントレゾール?」と言いいました。
「この冗談じょうだんをやめてください。」

モントレゾールは作つくり続つづけました。

壁かべはフォルトゥナートの胸むねまで来きました。

フォルトゥナートは叫さけび始はじめました。

声こえはトンネルに響ひびきました。

モントレゾールは止とまり、聞ききました。

そしてフォルトゥナートより大おおきな声こえで叫さけびました。

しばらくしてフォルトゥナートは疲つかれました。
声こえは弱よわくなりました。

壁かべはどんどん高たかくなりました。

小ちいさな穴あなだけが残のこりました。

「神かみの愛あいのために、モントレゾール!」とフォルトゥナートは叫さけびました。

「そうです」とモントレゾールは静しずかに言いいました。
「神かみの愛あいのために。」

彼かれは最後さいごの石いしを置おきました。

そしてセメントをぬりました。

壁かべは完成かんせいしました。

モントレゾールは立たっていました。

耳みみをすませました。

音おとはありませんでした。

彼かれは古ふるい骨ほねを壁かべの前まえに戻もどしました。
誰だれも新あたらしい石いしを見みることはできませんでした。

それから地下室ちかしつを出でました。

多おおくの年としが過すぎました。

誰だれもフォルトゥナートを見みつけませんでした。

その夜よるに何なにが起おこったのか、誰だれも知しりませんでした。

モントレゾールは誰だれにも話はなしませんでした。

彼かれは後悔こうかいしませんでした。

彼かれは侮辱ぶじょくを覚おぼえていました。

そして静しずけさを覚おぼえていました。

フォルトゥナートよ、安やすらかに眠ねむれ。

レベル2 (中級)


アモンティリャード

私わたしはフォルトゥナートから多おおくの侮辱ぶじょくを受うけてきた。しかし彼かれがついに限度げんどを越こえたとき、私わたしは復讐ふくしゅうすると決きめた。私わたしは彼かれを脅おどさなかった。怒いかりも見みせなかった。復讐ふくしゅうとは、罰ばつを与あたえる者ものが自分自身じぶんじしんを危険きけんにさらしてはならない。また、その罰ばつの意味いみが相手あいてに分わからなければならない。だから私わたしは注意深ちゅういぶかく、危険きけんのない方法ほうほうで行動こうどうするつもりだった。罰ばつを受うける者ものは、誰だれがそれをしたのか理解りかいしなければならない。

フォルトゥナートには弱点じゃくてんがあった。彼かれは自分じぶんをワインの専門家せんもんかだと思おもっていた。ワインの品質ひんしつや年代ねんだい、産地さんち、値段ねだんについて、何時間なんじかんでも話はなすことができた。多おおくの人ひとが彼かれの意見いけんを尊重そんちょうしていた。私わたしはこの誇ほこりが役やくに立たつと知しっていた。

カーニバルの季節きせつ、町まちは音おとと興奮こうふんであふれていた。人々ひとびとは仮面かめんをつけ、明あかるい衣装いしょうを着きていた。音楽おんがくが通とおりに満みち、誰だれも真面目まじめなことにはあまり注意ちゅういを払はらっていなかった。まさに絶好ぜっこうの機会きかいだった。

私わたしは夜遅よるおそくにフォルトゥナートと出会であった。彼かれはすでに酒さけを飲のんでいた。色いろの鮮あざやかな衣装いしょうを着きており、帽子ぼうしには小ちいさな鈴すずがついていた。動うごくたびに鈴すずが鳴なった。顔かおは赤あかく、目めは輝かがやいていた。

「親愛しんあいなるモントレゾール!」と彼かれは叫さけんだ。
「今夜こんやここで会あえるとは、なんという幸運こううんだ!」

「親したしい友ともよ」と私わたしは答こたえた。心こころの中なかを隠かくしながら、温あたたかく話はなした。
「ちょうど君きみに会あいたいと思おもっていた。私わたしはアモンティリャードだと言いわれたワインの樽たるを買かったのだが、本物ほんものかどうか自信じしんがない。」

「アモンティリャード?」と彼かれは驚おどろいて言いった。
「ありえない!しかもカーニバルの最中さいちゅうに?」

「私わたしも変へんだと思おもう」と私わたしは言いった。
「君きみに相談そうだんしないで、うっかり全部ぜんぶの値段ねだんを払はらってしまった。今いまからルケーシに見みてもらおうと思おもっていた。」

「ルケーシだって?」フォルトゥナートは強つよく言いった。
「ルケーシはアモンティリャードと普通ふつうのワインの違ちがいも分わからない。」

「分わかっている」と私わたしは静しずかに言いった。
「しかし彼かれの判断はんだんは君きみと同おなじくらいだと言いう人ひともいる。」

フォルトゥナートの誇ほこりは刺激しげきされた。
「来こい」と彼かれは言いった。
「今いますぐ行いこう。」

私わたしはわざと少すこしためらった。
「友ともよ、君きみはひどいせきをしている。私わたしの地下貯蔵室ちかちょぞうしつの空気くうきは湿しめっていて冷つめたい。」

「大丈夫だいじょうぶだ」と彼かれは答こたえた。
「せきで死しぬことはない。行いこう。」

私わたしは微笑ほほえんだ。彼かれは自分じぶんで選えらんだのだ。

私わたしたちは人ひとでいっぱいの通とおりを歩あるき、やがて私わたしの家いえに着ついた。予想よそうした通とおり、召使めしつかいたちはいなかった。私わたしは朝あさまで戻もどらないと言いっておいたので、彼かれらがいなくなることは分わかっていた。私わたしたちはたいまつを取とり、家いえの下したの地下室ちかしつへと降おりていった。

階段かいだんは長ながく狭せまかった。下したへ行いくほど空気くうきは冷つめたくなった。壁かべには白しろい物質ぶっしつがついており、たいまつの光ひかりで光ひかっていた。

フォルトゥナートは激はげしくせきをした。

「ここは湿気しっけが強つよい」と私わたしは言いった。
「戻もどったほうがいい。」

「いや」と彼かれは言いった。
「アモンティリャードだ。」

私わたしたちは暗くらい部屋へやをいくつも通とおり抜ぬけた。そこにはワインの樽たるや瓶びんが並ならんでいた。床ゆかはでこぼこしていた。場所ばしょによっては骨ほねの山やまが壁かべのそばに積つまれていた。それは何代なんだいも前まえに埋葬まいそうされた私わたしの家族かぞくの遺骨いこつだった。

フォルトゥナートは私わたしが渡わたした瓶びんのワインを飲のみ、体からだを温あたためようとした。彼かれは大おおきく笑わらい、帽子ぼうしの鈴すずがまた鳴なった。

「君きみの長ながい人生じんせいに」と彼かれは言いって瓶びんを上あげた。

「そして君きみの健康けんこうに」と私わたしは答こたえた。

さらに奥おくへ進すすむと、通路つうろはだんだん狭せまくなった。天井てんじょうは低ひくく、壁かべは湿しめっていた。フォルトゥナートのせきはひどくなったが、彼かれは戻もどろうとしなかった。

やがて岩いわの中なかの小ちいさな入口いりぐちに着ついた。そこは一人ひとりがやっと入はいれるほどの大おおきさだった。

「アモンティリャードはこの中なかだ」と私わたしは言いった。

フォルトゥナートはためらわず前まえに進すすんだ。狭せまい空間くうかんに入はいり、中なかを見回みまわした。奥おくには平たいらで固かたい壁かべがあった。

彼かれが反応はんのうする前まえに、私わたしは素早すばやく動うごいた。そこにすでに固定こていされていた鉄てつの輪わを使つかって、彼かれを壁かべにつないだ。それはほんの一瞬いっしゅんの出来事できごとだった。彼かれは驚おどろきすぎて抵抗ていこうできなかった。

「これは何なんだ?」と彼かれは笑わらおうとしながら聞きいた。

私わたしは答こたえなかった。狭せまい空間くうかんから出でて、用意よういしてあった石いしとセメントを拾ひろった。

そして入口いりぐちに壁かべを作つくり始はじめた。

最初さいしょ、フォルトゥナートは冗談じょうだんだと思おもっていた。

「とても面白おもしろい!」と彼かれは言いった。
「カーニバルのいい冗談じょうだんだ!」

私わたしは黙だまって作業さぎょうを続つづけた。

いくつか石いしを積つむと、彼かれは鎖くさりを引ひっ張ぱり始はじめた。金属きんぞくの音おとが狭せまい通路つうろに大おおきく響ひびいた。

「モントレゾール?」と彼かれは少すこし真剣しんけんに言いった。

私わたしは答こたえなかった。

壁かべは少すこしずつ高たかくなった。私わたしは落おち着ついて慎重しんちょうに作業さぎょうを続つづけた。

壁かべが彼かれの胸むねまで来きたとき、彼かれは叫さけび始はじめた。声こえは地下室ちかしつに響ひびいた。私わたしはしばらく止とまって聞きいた。そして彼かれより大おおきな声こえで叫さけび返かえした。その音おとが私わたしは気きに入いった。しばらくすると彼かれは疲つかれ、叫さけび声ごえは弱よわくなった。

小ちいさな穴あなだけが残のこったとき、彼かれはもう一度いちど話はなそうとした。

「神かみの愛あいのために、モントレゾール!」と彼かれは叫さけんだ。

「そうだ」と私わたしは静しずかに言いった。
「神かみの愛あいのために。」

しかし私わたしは最後さいごの石いしを積つみ続つづけた。

小ちいさな穴あなから、たいまつの光ひかりの中なかで彼かれの目めが光ひかっているのが見みえた。帽子ぼうしの鈴すずのかすかな音おとも聞きこえた。

そして沈黙ちんもくが訪おとずれた。

私わたしは最後さいごの石いしを置おき、セメントで固かためた。壁かべは完全かんぜんにできあがった。誰だれもその向むこうに何なにがあるか疑うたがうことはない。

私わたしは骨ほねを元もとの場所ばしょに戻もどして、新あたらしい壁かべを隠かくした。

しばらくその冷つめたい空気くうきの中なかに立たっていた。耳みみをすませて聞きいた。

音おとは何なにもなかった。

後悔こうかいはなかった。私わたしは計画けいかくどおりにすべてを実行じっこうした。彼かれは私わたしを侮辱ぶじょくし、私わたしはそれに答こたえたのだ。もし覚おぼえていれば、彼かれは決けっして忘わすれなかっただろう。

私わたしたちは友人ゆうじんとして歩あるいていた。しかし彼かれは、自分じぶんがすでに運命うんめいを選えらんでいたことを理解りかいしなかった。彼かれの誇ほこりが彼かれを暗闇くらやみへ導みちびいたのだ。

あの夜よるから長ながい年月ねんげつが過すぎた。誰だれも地下室ちかしつを動うごかしていない。石いしはそのまま残のこっている。骨ほねもその前まえに静しずかに置おかれている。

フォルトゥナートは今いまも見みつかっていない。

安やすらかに眠ねむれ。

レベル3 (上級)


アモンティリャード

フォルトゥナートから受うけた数かぞえきれないほどの侮辱ぶじょくを、私わたしはできるかぎり耐たえてきた。しかし彼かれがついに明確めいかくな侮辱ぶじょくに踏ふみ込こんだとき、私わたしは復讐ふくしゅうを誓ちかった。私わたしを動うごかしたのは単たんなる怒いかりでも、傷きずついた自尊心じそんしんだけでもなかった。もっと深ふかい確信かくしん、つまり正義せいぎ――私わたしにとっての正義せいぎ――が行動こうどうを求もとめていたのだ。私わたしは彼かれを脅おどすこともなかったし、態度たいどに恨うらみの気配けはいを見みせることもなかった。復讐ふくしゅうとは、復讐ふくしゅうする者ものが危険きけんを冒おかしてはならない。また、罰ばつの意味いみが相手あいてに理解りかいされなければならない。私わたしは慎重しんちょうに行動こうどうするつもりだった。そして危険きけんを伴ともなわない方法ほうほうで行動こうどうするつもりだった。

フォルトゥナートには弱点じゃくてんがあった。それが彼かれを脆もろくしていた。彼かれは一般いっぱんには尊敬そんけいされ、時ときには賞賛しょうさんさえされていたが、何なによりも自分じぶんのワインの知識ちしきを誇ほこりにしていた。ヴィンテージや味あじに関かんしては、自分じぶんの味覚みかくがイタリアのどの男おとこよりも優すぐれていると信しんじていた。彼かれに挑戦ちょうせんする者ものはほとんどいなかったし、彼かれの自信じしんに匹敵ひってきする者ものはさらに少すくなかった。この虚栄心きょえいしんこそが、私わたしの目的もくてきに役立やくだつものだった。

カーニバルの最盛期さいせいき、通とおりが笑わらい声ごえと音楽おんがくであふれていたとき、私わたしは彼かれと偶然ぐうぜん出会であった――少すくなくともそう見みえた。夜よるは色彩しきさいに満みちていた。仮面かめんは人々ひとびとの正体しょうたいを隠かくし、酔よった声こえが遠とおくの楽器がっきの音おとよりも高たかく響ひびいていた。そのような混乱こんらんの中なかでは、ほとんどどんな行為こういでも気きづかれずに済すんだ。

フォルトゥナートは道化師どうけしの衣装いしょうを着きていた。体からだにぴったりした色鮮いろあざやかな縞しまの服ふくを着きて、先さきのとがった帽子ぼうしには小ちいさな銀ぎんの鈴すずがついていた。彼かれが動うごくたびに鈴すずがやさしく鳴なった。顔かおは赤あかく、強つよいワインの香かおりが彼かれの周まわりに漂ただよっていた。彼かれは温あたたかく、そして大おおげさなほどの親したしさで私わたしを迎むかえた。

「親愛しんあいなるモントレゾール!」と彼かれは叫さけんだ。
「ここで会あえるとは、なんという幸運こううんだ!」

「親したしい友ともよ」と私わたしは同おなじ熱意ねついで答こたえた。内心ないしんを隠かくすように注意ちゅういしながら。
「ちょうど君きみに会あいたいと思おもっていたところだ。アモンティリャードだと言いわれる酒樽さかだるを手てに入いれたのだが、本物ほんものかどうか確信かくしんが持もてない。」

「アモンティリャード?」と彼かれは繰くり返かえした。目めが輝かがやいた。
「ありえない!しかもカーニバルの最中さいちゅうに?」

「私わたしも疑うたがっている」と私わたしは認みとめた。
「君きみに相談そうだんせずに代金だいきんを払はらってしまった。ルケーシに意見いけんを聞ききに行いくところだった。」

その名前なまえを聞きいた瞬間しゅんかん、フォルトゥナートの表情ひょうじょうは硬かたくなった。
「ルケーシはアモンティリャードと普通ふつうのシェリーの違ちがいも分わからない。」

「確たしかに」と私わたしは穏おだやかに言いった。
「しかし彼かれの判断はんだんは君きみと同おなじくらいだと言いう人ひともいる。」

その言葉ことばは彼かれの誇ほこりを刺激しげきした。
「来こい」と彼かれはすぐに言いった。
「今いますぐ行いこう。」

私わたしはわざとためらうふりをした。
「友ともよ、君きみはひどいせきをしている。私わたしの地下貯蔵室ちかちょぞうしつの空気くうきは湿しめっていて冷つめたい。君きみの健康けんこうを危険きけんにさらしたくはない。」

彼かれは手てを振ふって私わたしの心配しんぱいを退しりぞけた。
「問題もんだいない。せきなど大たいしたことではない。アモンティリャードだ!」

自分じぶんの誇ほこりに後押あとおしされる形かたちで、彼かれは私わたしに同行どうこうすると言いい張はった。私わたしたちはカーニバルの騒さわぎを後あとにして、私わたしの屋敷やしきへ向むかった。予想よそうどおり、召使めしつかいたちはいなかった。私わたしは朝あさまで戻もどらないと伝つたえ、家いえを出でてはならないと厳きびしく命めいじていた。彼かれらの性格せいかくを考かんがえれば、その命令めいれいが私わたしの背せを向むけた瞬間しゅんかんに外出がいしゅつすることを保証ほしょうしていると分わかっていた。

私わたしたちは壁かべからたいまつを取とり、家いえの下したに広ひろがる地下墓所ちかぼしょへと降おり始はじめた。階段かいだんは狭せまく不規則ふきそくで、地中ちちゅうへと螺旋状らせんじょうに続つづいていた。進すすむにつれて空気くうきは冷つめたくなり、湿気しっけと腐敗ふはいの匂においが重おもく漂ただよっていた。石いしの壁かべには白しろい硝石しょうせきの層そうが付着ふちゃくし、たいまつの光ひかりの中なかでかすかに輝かがやいていた。

フォルトゥナートは何度なんどもせきをした。

「戻もどった方ほうがいい」と私わたしは提案ていあんした。
「君きみの健康けんこうはとても大切たいせつだ。君きみは尊敬そんけいされ、称賛しょうさんされる人物じんぶつだ。君きみを病気びょうきにさせる責任せきにんを負おいたくない。」

「せきで死しぬことはない」と彼かれは苛立いらだって答こたえた。
「アモンティリャードだ。」

彼かれの不快ふかいを和やわらげるため――あるいは感覚かんかくを鈍にぶらせるため――私わたしはメドックの瓶びんを差さし出だした。彼かれは深ふかく飲のみ、笑わらうたびに帽子ぼうしの鈴すずが楽たのしげに鳴なった。

「ここに眠ねむる者ものたちのために」と彼かれは言いい、骨ほねに覆おおわれた壁かべを指ゆびした。

「そして君きみの長ながい人生じんせいのために」と私わたしは答こたえた。

私わたしたちはさらに奥おくへ進すすんだ。そこには酒樽さかだるが並ならび、私わたしの祖先そせんの骨ほねが積つまれていた。空気くうきはますます重おもくなり、硝石しょうせきは壁かべに厚あつく付着ふちゃくしていた。天井てんじょうからは水滴すいてきがゆっくりと落おちていた。

やがて地下墓所ちかぼしょの奥おくに小ちいさなくぼみが現あらわれた。そこは狭せまい壁かべの隙間すきまのような場所ばしょで、脇わきには取とり除のぞかれた骨ほねが積つまれていた。

「アモンティリャードだ」と私わたしは言いい、暗闇くらやみを指さした。

フォルトゥナートはためらわず中なかへ入はいった。空間くうかんは浅あさく、奥おくは固かたい花崗岩かこうがんの壁かべだった。彼かれはさらに奥おくへ進すすみ、暗闇くらやみをのぞき込こんだ。

その瞬間しゅんかん、私わたしは彼かれを捕とらえた。

あらかじめ準備じゅんびしておいた鉄てつの鎖くさりを、壁かべに固定こていされた輪わに通とおし、彼かれの腰こしに巻まきつけた。動うごきは素早すばやく決定的けっていてきだった。状況じょうきょうを完全かんぜんに理解りかいする前まえに、彼かれは動うごけない状態じょうたいになっていた。

彼かれは困惑こんわくした表情ひょうじょうで私わたしを見みた。
「これは何なんだ?」

私わたしは説明せつめいしなかった。代かわりに骨ほねの後うしろに隠かくしておいた石材せきざいとこてを取とり出だし、入口いりぐちに壁かべを築きずき始はじめた。

最初さいしょ、彼かれはそれを冗談じょうだんだと思おもった。暗くらいカーニバルの余興よきょうだと。

「素晴すばらしい冗談じょうだんだ!」と彼かれは笑わらおうとした。
「屋敷やしきに戻もどったら笑わらい話ばなしになる。」

私わたしは石いしを一ひとつずつ積つみ、モルタルを丁寧ていねいに塗ぬった。壁かべはゆっくりと私わたしたちの間あいだに立たち上あがった。

やがて鎖くさりの音おとが沈黙ちんもくを破やぶった。彼かれは必死ひっしに体からだを動うごかし、金属きんぞくの激はげしい音おとが地下室ちかしつに響ひびいた。

「モントレゾール?」と彼かれは不安ふあんそうに呼よんだ。

私わたしは答こたえなかった。

作業さぎょうは続つづいた。壁かべが彼かれの胸むねまで達たっしたとき、彼かれの笑わらいは恐怖きょうふに変かわった。

「これはばかげている!」と彼かれは叫さけんだ。
「解放かいほうしろ!」

私わたしは黙だまって作業さぎょうを続つづけた。

そして叫さけび声ごえが始はじまった。

それは激はげしく、狭せまい空間くうかんに絶望的ぜつぼうてきな反響はんきょうを広ひろげた。私わたしは一瞬いっしゅん手てを止とめた。しかしそれは迷まよいではなく、ただ考かんがえていただけだった。その声こえは強つよかったが、地上ちじょうには届とどかない。厚あつい土つちと石いしが私わたしたちを隔へだてていた。やがて私わたしは自分じぶんの声こえを上あげ、彼かれの叫さけびに応こたえた。やり取とりは数分すうふんで終おわり、やがて彼かれの力ちからは尽つきた。

沈黙ちんもくが戻もどった。

私わたしは再ふたたび作業さぎょうを続つづけた。

小ちいさな穴あなだけが残のこったとき、彼かれはもう一度いちど声こえを出だした。

「神かみの愛あいのために、モントレゾール!」と彼かれは懇願こんがんした。

「そうだ」と私わたしは静しずかに答こたえた。
「神かみの愛あいのために。」

それ以上いじょう言いうことはなかった。

狭せまい隙間すきまから、たいまつの光ひかりに反射はんしゃする彼かれの目めが見みえた。帽子ぼうしの鈴すずがかすかに震ふるえた。しかしその音おともすぐに消きえた。

私わたしは最後さいごの石いしを置おき、モルタルで固定こていした。壁かべは完全かんぜんにできあがった。作業さぎょうを隠かくすため、私わたしは骨ほねを元もとの場所ばしょに戻もどした。

私わたしは地下墓所ちかぼしょの静しずけさの中なかにしばらく立たっていた。たいまつの火ひが揺ゆれていた。耳みみをすませたが、壁かべの向むこうから音おとは何なにも聞きこえなかった。

私わたしの心こころは落おち着ついていた。

すべては危険きけんもなく、目撃者もくげきしゃもなく、完全かんぜんな確実かくじつさの中なかで終おわった。彼かれは私わたしを侮辱ぶじょくした。そして私わたしはそれに答こたえた。彼かれは自分じぶんの虚栄心きょえいしんによって導みちびかれ、地ちの奥深おくふかくへと歩あゆみを進すすめてしまった。彼かれを破滅はめつさせたのは力ちからではなく、誇ほこりだった。

あの夜よるから長ながい年月ねんげつが過すぎた。半世紀はんせいき以上いじょうである。石いしはそのまま残のこり、地下墓所ちかぼしょは開ひらかれていない。あの壁かべの向むこうに何なにがあるのか、生いきている者ものは誰だれも知しらない。

フォルトゥナートはカーニバルの夜よるに姿すがたを消けした。混乱こんらんの時代じだいにはよくあることだった。最初さいしょは疑問ぎもんも生うまれたが、真実しんじつにたどり着つくものはなかった。

私わたしは長ながい沈黙ちんもくの後あと、ついにこの話はなしを語かたった。

安やすらかに眠ねむれ。

リスニング練習

レベル 1 オーディオ:

レベル 2 オーディオ:

レベル 3 オーディオ:

ナチュラル解説:

自然な会話:


Let’s keep reading about…
Continuemos leyendo sobre…

〜について続きを読みましょう