神道と仏教

レベル1 (初級)


二ふたつの宗教しゅうきょう: 神道しんとうと仏教ぶっきょう

多おおくの人ひとと二ふたつの宗教しゅうきょう 日本にほんでは、多おおくの人ひとが二ふたつの主おもな宗教しゅうきょうを信しんじています。神道しんとうと仏教ぶっきょうです。神道しんとうは日本にほんの宗教しゅうきょうです。仏教ぶっきょうはインドと中国ちゅうごくから来きました。

多おおくの日本人にほんじんは、二ふたつとも大切たいせつにします。これは日本にほんでは普通ふつうのことです。一ひとつだけを選えらぶ必要ひつようはありません。 神道しんとうとは? 神道しんとうは日本にほんの古ふるい宗教しゅうきょうです。とても昔むかしに始はじまりました。神道しんとうには本ほんはありません。神様かみさまは一人ひとりではありません。神道しんとうにはたくさんの神様かみさまがいます。神様かみさまは自然しぜんの中なかにいます。

たとえば:
大おおきな木きには神様かみさまがいます。 川かわには神様かみさまがいます。 山やまには神様かみさまがいます。

人ひとは神様かみさまにお祈いのりするために神社じんじゃへ行いきます。神社じんじゃは神道しんとうの特別とくべつな場所ばしょです。神社じんじゃには赤あかい門もんがあります。この門もんは「鳥居とりい」と言いいます。

人ひとが神社じんじゃに行いくとき:
-正月しょうがつ -試験しけんの合格祈願ごうかくきがん -旅行りょこうの安全あんぜん -結婚式けっこんしき 仏教ぶっきょうとは? 仏教ぶっきょうは昔むかし、日本にほんに来きました。インド、中国ちゅうごく、韓国かんこくから来きました。

仏教ぶっきょうには先生せんせいがいます。その人ひとは「仏陀ぶっだ」です。仏陀ぶっだは人ひとに生いき方かたを教おしえます。たくさんの物ものをほしがらないことを教おしえます。平和へいわや考かんがえることを大切たいせつにします。

人ひとは仏教ぶっきょうのために寺てらへ行いきます。寺てらは祈いのりや考かんがえるための特別とくべつな場所ばしょです。寺てらには大おおきな仏像ぶつぞうがあります。

人ひとが寺てらに行いくとき:
-葬式そうしき -人生じんせいについて考かんがえるとき -家族かぞくに感謝かんしゃするとき -お盆ぼん(夏なつの特別とくべつな日ひ) 神社じんじゃと寺てら 神社じんじゃは神道しんとうのための場所ばしょです。寺てらは仏教ぶっきょうのための場所ばしょです。ちがいますが、どちらも大切たいせつにされています。

多おおくの人ひとは:
-正月しょうがつに神社じんじゃへ行いく -お盆ぼんに寺てらへ行いく -恋愛れんあいのお願ねがいで神社じんじゃへ行いく -家族かぞくとの別わかれで寺てらへ行いく

これは日本にほんでは普通ふつうのことです。文化ぶんかの一部いちぶです。 神道しんとう+仏教ぶっきょう=日本文化にほんぶんか 毎日まいにちの生活せいかつで、どちらの宗教しゅうきょうも大切たいせつです。

赤あかちゃんが生うまれたら、神社じんじゃへ行いきます。 人ひとが亡なくなったら、寺てらへ行いきます。

子供こどもは七五三しちごさんで特別とくべつな服ふくを着きます。七五三しちごさんは「7・5・3」を意味いみします。子供こどもは7才さい、5才さい、3才さいのときに家族かぞくと神社じんじゃへ行いきます。

葬式そうしきでは、人ひとは黒くろい服ふくを着きて寺てらへ行いきます。夏なつには、墓はかをきれいにします。そして家族かぞくに「ありがとう」と言いいます。これは仏教ぶっきょうの習慣しゅうかんです。 自然しぜん、敬うやまう気持きもち、家族かぞく 神道しんとうは自然しぜんを大切たいせつにすることを教おしえます。仏教ぶっきょうは平和へいわと優やさしさを教おしえます。どちらも、人ひとがよい生活せいかつをする助たすけになります。

日本人にほんじんは木きや山やま、川かわを大切たいせつにします。自然しぜんの中なかの神様かみさまを敬うやまいます。そして、人生じんせいと死しについて考かんがえます。家族かぞくへの愛あいを大切たいせつにします。今いまの家族かぞくも、昔むかしの家族かぞくも大切たいせつにします。 今いまの日本にほんでは 多おおくの人ひとは毎週まいしゅう教会きょうかいへは行いきません。でも、多おおくの人ひとが神社じんじゃや寺てらへ行いきます。昔むかしからの習慣しゅうかんを大切たいせつにします。そして、敬うやまう気持きもちを見みせます。

神道しんとうと仏教ぶっきょうは生活せいかつの一部いちぶです。日本にほんの文化ぶんかの一部いちぶです。人ひとが考かんがえること、祈いのること、優やさしくすることを助たすけています。

レベル2 (中級)


二ふたつの宗教しゅうきょう、一ひとつの文化ぶんか

日本にほんは古ふるい伝統でんとうと美うつくしい習慣しゅうかんを持もつ国くにです。日本にほんで大切たいせつな宗教しゅうきょうは、神道しんとうと仏教ぶっきょうです。これらの宗教しゅうきょうは、人々ひとびとが人生じんせいや自然しぜん、そして死しを理解りかいするのを助たすけます。多おおくの日本人にほんじんは、どちらか一ひとつではなく、両方りょうほうの宗教しゅうきょうを信しんじています。

神道しんとうとは?

神道しんとうは日本にほんで最もっとも古ふるい宗教しゅうきょうです。文字もじの歴史れきしが始はじまる前まえから存在そんざいしていました。神道しんとうには聖典せいてんや開祖かいそはいません。自然しぜんの宗教しゅうきょうです。人々ひとびとは、自然しぜんの中なかに神かみと呼よばれる存在そんざいがいると信しんじています。神かみは山やまや木き、川かわ、そして動物どうぶつの中なかにもいます。

神道しんとうは、自然しぜんを大切たいせつにし、自然しぜんと調和ちょうわして生いきることを教おしえます。人々ひとびとは神社じんじゃに行いき、健康けんこうや成功せいこう、幸しあわせを祈いのります。神社じんじゃに入はいる前まえに、手てと口くちを洗あらって心こころと体からだを清きよめます。

日本にほんにはたくさんの神道しんとうの祭まつりがあります。これを「祭まつり」と言いいます。音楽おんがくや踊おどり、食たべ物ものがあり、楽たのしい行事ぎょうじです。人々ひとびとは伝統的でんとうてきな服ふくを着きて、神輿みこしをかついで町まちを歩あるきます。多おおくの子供こどもたちは、家族かぞくと一緒いっしょに神社じんじゃを訪おとずれます。特とくに3歳さい、5歳さい、7歳さいのときに神社じんじゃへ行いきます。この習慣しゅうかんは「七五三しちごさん」と呼よばれます。「七五三しちごさん」は「7・5・3」という意味いみです。

仏教ぶっきょうとは?

仏教ぶっきょうは6世紀せいきに、インドから中国ちゅうごくや朝鮮ちょうせんを通とおって日本にほんに来きました。仏教ぶっきょうは、人々ひとびとが平和へいわに生いき、深ふかく考かんがえることを教おしえる宗教しゅうきょうです。仏教ぶっきょうの目的もくてきは、苦くるしみから逃のがれて、「涅槃ねはん」と呼よばれる平和へいわな状態じょうたいにたどり着つくことです。

仏教徒ぶっきょうとは、約やく2500年ねん前まえに生いきたブッダの教おしえを学まなびます。人生じんせいや死し、そして生うまれ変かわりについて学まなびます。

多おおくの日本人にほんじんは、寺てらに行いって祈いのったり、線香せんこうをたいたり、静しずかに考かんがえたりします。仏教ぶっきょうは特とくに葬式そうしきのときに大切たいせつです。神道しんとうが自然しぜんと人生じんせいを大切たいせつにするのに対たいして、仏教ぶっきょうは死しとその後あとの世界せかいを考かんがえる助たすけになります。

神道しんとうと仏教ぶっきょうを一緒いっしょに

日常生活にちじょうせいかつの中なかで、多おおくの日本人にほんじんは神道しんとうと仏教ぶっきょうを混まぜて使つかいます。たとえば、神道しんとうの結婚式けっこんしきと仏教ぶっきょうの葬式そうしきの両方りょうほうを行おこなう人ひともいます。

多おおくの家いえには、神道しんとうの神棚かみだなと仏教ぶっきょうの仏壇ぶつだんの両方りょうほうがあります。神棚かみだなは幸運こううんを願ねがうために使つかい、仏壇ぶつだんは亡なくなった家族かぞくを思おもい出だすために使つかいます。

このように混まぜて使つかうことは、日本にほんでは普通ふつうのことです。どちらか一ひとつを選えらばなければいけないとは思おもっていません。それぞれ自分じぶんに合あう部分ぶぶんを選えらんでいます。

毎日まいにちの生活せいかつの一部いちぶ

人々ひとびとが毎日まいにち宗教しゅうきょうについて考かんがえていなくても、神道しんとうと仏教ぶっきょうは日本にほんの生活せいかつの一部いちぶです。休日きゅうじつや季節きせつの行事ぎょうじ、人ひととの関かかわり方かた、自然しぜんへの敬意けいいの中なかに生いきています。

日本にほんを訪おとずれると、多おおくの人ひとが神社じんじゃや寺てらを見みます。そこは静しずかで美うつくしい場所ばしょです。そして、日本にほんの深ふかい文化ぶんかを感かんじることができます。

レベル3 (上級)



日本にほんは、古代こだいと現代げんだいが共存きょうぞんする国くにである。

高層こうそうビルの隣となりに寺院じいんが建たち、何なん世紀せいきも前まえの儀式ぎしきが今いまなお日常生活にちじょうせいかつに影響えいきょうを与あたえている。神道しんとうと仏教ぶっきょうという二ふたつの宗教的しゅうきょうてき伝統でんとうは、日本文化にほんぶんかの精神的せいしんてき土台どだいを形成けいせいしている。多おおくの日本人にほんじんは自みずからを熱心ねっしんな宗教信者しゅうきょうしんじゃとは認識にんしきしていないが、これら二ふたつの宗教体系しゅうきょうたいけいは今いまもなお、価値観かちかんや行動こうどう、そして国民こくみんとしてのアイデンティティに影響えいきょうを与あたえ続つづけている。

神道しんとう:神々かみがみの道みち

神道しんとうは日本にほん固有こゆうの信仰体系しんこうたいけいであり、開祖かいそや聖典せいてん、確立かくりつされた教義きょうぎが存在そんざいしない。その代かわりに、自然しぜんに対たいする深ふかい敬意けいいと、「神かみ」と呼よばれる霊的れいてき存在そんざいや神聖しんせいな力ちからの存在そんざいを信しんじることが基盤きばんとなっている。これらの神かみは、山やま、川かわ、木々きぎ、人間にんげんを含ふくめ、あらゆる場所ばしょに宿やどるとされている。

神道しんとうの儀式ぎしきは、日本人にほんじんの生活せいかつのあらゆる場面ばめんに見みられる。赤あかちゃんが生うまれると、多おおくの家族かぞくが神社じんじゃに参拝さんぱいし、健すこやかな成長せいちょうを祈願きがんする。正月しょうがつには初詣はつもうでとして、多おおくの人々ひとびとが神社じんじゃに足あしを運はこび、新年しんねん最初さいしょの祈いのりを捧ささげる。結婚式けっこんしきも神社じんじゃで行おこなわれることが多おおく、新郎新婦しんろうしんぷはお清きよめの儀式ぎしきを受うけ、神かみの祝福しゅくふくを受うける。

仏教ぶっきょう:悟さとりへの道みち

仏教ぶっきょうは6世紀せいきに中国ちゅうごくや朝鮮半島ちょうせんはんとうから日本にほんに伝つたわった。神道しんとうが現世げんせや自然界しぜんかいに焦点しょうてんを当あてるのに対たいし、仏教ぶっきょうは苦くるしみや死し、そして生うまれ変かわりの可能性かのうせいについて説とく。瞑想めいそう、知恵ちえ、慈悲じひの実践じっせんを通とおして、悟さとりに至いたる道みちを示しめしている。

長ながい年月ねんげつをかけて、仏教ぶっきょうは神道しんとうと対立たいりつするのではなく、むしろ融合ゆうごうしてきた。現代げんだいの日本人にほんじんの多おおくは、両方りょうほうの伝統でんとうに基もとづく習慣しゅうかんを取とり入いれている。たとえば、結婚式けっこんしきは神道しんとうで行おこなわれることが多おおいが、葬儀そうぎは仏教ぶっきょうで営いとなまれるのが一般的いっぱんてきである。仏教寺院ぶっきょうじいんでは、故人こじんの供養くようを行おこなうだけでなく、自己修養じこしゅうようや心こころの平静へいせいの重要性じゅうようせいも教おしえている。

特とくに禅宗ぜんしゅうは、日本にほんの芸術げいじゅつや文化ぶんかに深ふかい影響えいきょうを与あたえてきた。茶道さどう、書道しょどう、枯山水かれさんすいといった文化的ぶんかてき実践じっせんには、禅ぜんの簡素かんそさ、沈黙ちんもく、内うちなる平和へいわといった理念りねんが色濃いろこく表あらわれている。

調和ちょうわを重おもんじる文化ぶんか

宗教同士しゅうきょうどうしが競きそい合あうような文化ぶんかとは異ことなり、日本にほんでは神道しんとうと仏教ぶっきょうが平和的へいわてきに共存きょうぞんしている。場面ばめんによって神社じんじゃと寺てらの両方りょうほうを訪おとずれるのは、ごく自然しぜんなことである。このような融合ゆうごうは「神仏習合しんぶつしゅうごう」と呼よばれ、日本文化にほんぶんかに見みられる「対立たいりつよりも調和ちょうわを重おもんじる姿勢しせい」を象徴しょうちょうしている。

現代げんだいにおいても、これら二ふたつの宗教的しゅうきょうてき伝統でんとうは、人々ひとびとが祝いわい、悼いたみ、自然しぜんとつながる方法ほうほうに影響えいきょうを与あたえ続つづけている。信仰しんこうについて公おおやけに語かたられることは少すくないかもしれないが、その影響えいきょうは建築けんちく、祝日しゅくじつ、家庭かていの習慣しゅうかん、日々ひびの行動こうどうなど、あらゆる場所ばしょに表あらわれている。

このように、神道しんとうと仏教ぶっきょうは、現代日本げんだいにほんにおいても精神的せいしんてきな意味いみと文化的ぶんかてき奥行おくゆきをもたらしているのである。

リスニング練習

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レベル 2 オーディオ:

レベル 3 オーディオ:

自然な会話


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